飛島新田(とびしましんでん)は、愛知県海部郡飛島村の地名(大字)である。13の字がある。また、南接して大字飛島新田番外地(以下、番外地と記す)が所在するが、当項であわせて記述する。
地理
飛島村の中央部に位置する。当地より別の大字が独立して編成された経緯があるため、まとまって存在せずバラバラに切り離された状態になっている。また、番外地は飛島新田から見て、川で区切られたような状態になっている。字名は、大きく梅之郷・竹之郷・元起之郷に分かれ、さらに方角・カタカナによって分けられている。東西に国道23号(名四国道)が横断し、当地を分断している恰好になっている。
字一覧
(配列は五十音順・読みはyahoo地図より)
- 梅之郷東ノ割(うめのごうひがしのわり)
- 梅之郷南ノ割(うめのごうみなみのわり)
- 竹之郷(たけのごう)
- 竹之郷イロノ割(たけのごういろのわり)
- 竹之郷トチノ割(たけのごうとちのわり)
- 竹之郷ハニノ割(たけのごうはにのわり)
- 竹之郷ホヘノ割(たけのごうほへのわり)
- 竹之郷ヨタレ北ノ割(たけのごうよたれきたのわり)
- 竹之郷ヨタレ南ノ割(たけのごうよたれみなみのわり)
- 竹之郷リヌノ割(たけのごうりぬのわり)
- 竹之郷ルヲノ割(たけのごうるおのわり)
- 竹之郷ワカノ割(たけのごうわかのわり)
- 元起之郷(もときのごう)
愛知県海部郡飛島村大字飛島新田字竹之郷ヨタレ南ノ割
当地内にかつて存在した地名。正式には「竹之郷ヨタレ南ノ割」が字名である。2015年2月23日、周囲の「竹之郷1〜8丁目」に編入され、この地名は消滅した。
河川
- 筏川
歴史
- 1707年(宝永4年) - 新田の北半分にあたる箇所が大宝前新田として、神戸分左衛門により開発されるが、のち洪水により荒廃する。
- 1801年(享和元年) - 尾張国海西郡の飛島新田として成立。鳥ケ地新田庄屋佐野周平・鎌島新田庄屋木村徳右衛門が発起人となり、援助者6人を加え、熱田奉行津金文左衛門の指揮により、大宝前新田の再開発に成功したものである。同時に元松神社を創建する。
- 1806年(文化3年) - 服岡新田が独立する。
- 1872年(明治5年) - 有年学校が設置される。
- 1878年(明治11年) - 有年学校が飛島学校となる。
- 1880年(明治13年) - 飛島学校が大谷学校となる。
- 1887年(明治20年) - 大谷学校が尋常小学飛島学校となる
- 1889年(明治22年) - 飛島新田・政成新田・服岡新田が合併し、飛島村が成立。各新田はそれぞれ同村の大字となる。
- 1899年(明治32年) - 天台宗善光寺創建。
- 1925年(大正14年) - 飛島神社創建。
- 1952年(昭和27年) - 一部が大字梅之郷として独立。
- 1975年(昭和50年) - 一部が大字渚と大字松之郷として独立。
- 1982年(昭和57年) - 字竹之郷に村役場をはじめとする総合庁舎建設。
世帯数と人口
2015年(平成27年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移
交通
- 国道23号(名四国道)
- 国道302号(名古屋環状2号線)
- 愛知県道103号境政成新田蟹江線
- 愛知県道104号新政成弥富線(筏川堤防道路)
施設
- 愛知自動車整備専門学校
- 竹之郷神社
- 飛島温泉コーワレジャーランド(2004年廃業)
- かつては当地内に飛島村立飛島中学校が所在したが、2010年移転統合により現在はない。
その他
日本郵便
- 郵便番号 : 490-1437(元起之郷)(集配局:弥富郵便局)。
脚注
WEB
書籍
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年。ISBN 4-04-001230-5。
- 有限会社平凡社地方資料センター 編『日本歴史地名体系第23巻 愛知県の地名』平凡社、1981年。ISBN 4-582-49023-9。



